映画についての雑感

最新作から、懐かしい80, 90, 00年代の映画の思い出や、その他、海外アニメや小説、ゲーム、音楽などの雑多で様々な芸術作品について

ヴィクトル・ユゴーのエスメラルダ、コゼットと”アデルの恋の物語 (1975)”

アデルの恋の物語 (原題 : L'Histoire d'Adèle H.)”という映画を知っていますか? フランス恋愛映画界の巨匠 フランソワ・トリュフォー監督 (1932-1984) の作品で、『レ・ミゼラブル』『ノートルダム・ド・パリ』などで知られる19世紀のフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの娘、アデル・ユゴーの狂騒的な半生を描いた伝記映画です。おそらくこの映画はトリュフォー監督やアデルを演じたイザベル・アジャーニと共に語られることが多いのだと思いますが、趣向を変えてヴィクトル・ユゴーの描いた文学の世界との相似性みたいなものを書いてみようと思います。ユゴーの小説は結末までのネタバレなし(?)、映画”アデルの恋の物語”については結末までのネタバレありです。映画を観てみようと思ってる方はこの下のあらすじまでにしておいてくださいね!

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映画あらすじ

カナダ・ハリファックスの港に、可憐で清楚な身なりをした女アデル・ユーゴーが降り立った。フランスの大作家ヴィクトル・ユーゴーの次女である彼女は、かつて一度だけ愛し合った英国騎兵中尉アルバート・ピンソンを追って、海を渡ってきたのだった。
慎ましい下宿の部屋で、来る日も来る日もピンソンにあてた手紙を書き続けるアデルだったが、一度も返信は無く、異国での孤独と愛の焦燥にとらわれた彼女は連夜のごとく悪夢を見るようになる。それは、敬愛していた姉のレオポルディーヌが舟もろとも溺れ死ぬ夢―。
本屋の主人ホイッスラーからピンソンには多額の借金があるという噂を聞いても、アデルは彼に恋文を届けることをやめない。ついにある日、ピンソンがアデルの下宿にやってきた。慌てて身支度を整えて迎えたアデルを、ピンソンは冷たく突き放す。彼女と結婚するつもりもなく、もはや関係は終わったのだと。そして両親の元へ帰るように諭した。
ピンソンに冷たい仕打ちを受けてもなお、アデルは彼に恋することを止めようとせず、何かに駆り立てられるかのように自らを狂気の淵へと追いやっていく…。
アデルの恋の物語 - Wikipediaより

予告編

感想・まるでユゴーのヒロインのようなアデル像

この映画、かなり脚色されているんだとは思いますが、アデルの辿った運命に正直驚いてしまいました。僕はちょうど今年(21年)の1月からこの映画を観た4月まで、実に3ヶ月にも渡りユゴーノートルダム・ド・パリを読んでいて、つい先日読了したということもあり、トリュフォー監督がいかにこの映画をユゴー的な悲劇の物語として創作しているか、そして皮肉なことにこの物語が実話であるという、アデルの数奇な運命に想いを馳せてしまいました。
アデルの物語はまるでレ・ミゼラブルコゼットや、ノートルダム・ド・パリエスメラルダのようだったからです。


物語の中のアデルは、とても一途で (というよりもはや好かれていない相手をどこまでも追いかけていく様はストーカーですが…)理性よりも情熱や愛に突き動かされるピュアな女性です。ハンサムなイギリス人将校のピンソンを追って、親から逃れるように南北戦争真っ只中のカナダに向かい、ピンソンに結婚を迫ります。しかし元々浮気性の彼は、アデルとの恋は単なる火遊びの一つとしか思っておらず、彼女を冷たくあしらい続けます。また、彼女の父、ユゴーもピンソンとの結婚には反対しています。(ピンソンは愛国心を口にしますが、本当は借金を帳消しにする為に軍隊に志願しており、ユゴーにはピンソンが好色なクズ野郎だと分かっていたのでしょう•••。)それでもアデルはどこまでもしつこく彼の愛を信じて追いかけていくのです。


もちろん寄せる方向で演出しているんでしょうけど、『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンの目からは信頼に足りない革命家のマリウスを慕ってしまうコゼット、2人の恋愛に眉を顰める父のようなジャン・バルジャンや、『ノートルダム・ド・パリ』でハンサムだけど好色で同じようなクズ男フェビス将校 (ディズニー映画”ノートルダムの鐘”とは全く別のキャラです!) を慕い、彼の愛を信じて突き進んでしまうエスメラルダを強く連想させてしまいます。
特にピンソンとアデルの報われない関係、ハンサムな軍人を愛してしまう世間知らずな少女という構図は本当にエスメラルダのことのようで、1863年の出来事を描いたこの映画が、1832年刊行の『ノートルダム・ド・パリ』の登場人物のような顛末を辿っていることに不思議な思いがします。
(実際のアデルがピンソンを追ってカナダに来たのは33歳の時だそうなので、劇中の少女然としたイザベル・アジャーニとはちょっと違います。こういった雰囲気作りでユゴーの小説に寄せたんでしょうか)


また、上記のユゴーの作品で描かれるように、ユゴーと言えば親と子の愛、特に親から子への愛の描写が非常に印象的です。どんなに貧しくても愛だけは残っていることを感動的に描いてますよね。『レ・ミゼラブル』に登場する貧しい娼婦ファンティーヌと娘コゼットの関係、ジャン・バルジャンとコゼット、『ノートルダム・ド・パリ』でのエスメラルダと母との関係。そういった前提のイメージがあるせいか、この映画の中でも何度もユゴーは娘アデルにガーンジー島 (当時ユゴーはナポレオン3世への叛逆の罪でフランスから亡命していた) に戻っておいでと呼びかけ、やはり親子愛を感じるんですが、映画のハードな終わり方にはかなり衝撃を受けました。最後、アデルはピンソンの新たな赴任先であるカリブ海のバルバドス島で浮浪者のようになっているところを現地の女性に助けられ、ユゴーの元に送り届けられるのですが、その後アデルは父ユゴーの手によって精神病院に入れられ、その後の40年間を病院で過ごしたと語られるのです。ユゴーの文学に登場する悲劇のヒロインのような末路を、実際にユゴーの娘が辿ったという事実に、他ならぬユゴー自身の手によって、ということに戦慄しました•••。

関連リンク

MIHOシネマ さん
本稿で触れた”アデルの恋の物語”や、”レ・ミゼラブル(2012)”、”ノートルダムの鐘 (1998)”など、8000作品以上の映画を網羅しています。映画のあらすじや考察、クチコミなど情報満載です!
mihocinema.com

ノートルダムの鐘の絵画13点。ブログ : 西洋美術の謎と闇 mement mori さんより
 画家によって随分解釈が異なるところが面白いですね。物語の結末にまで触れているので注意!
mementmori-art.com

100分で名著 ノートルダム・ド・パリ フランス文学家・鹿島茂さんの序文です。
 ユゴーの作品の魅力について触れています。鹿島さんの解説はとても分かりやすく、逆に小説自体はすごく読みにくいので、こちらの解説本を読む方が楽しめるかもしれません・・・
www.nhk.or.jp







アデルの恋の物語 (DVD / Blu-Ray)
僕はレンタルビデオ屋で借りてみましたが、マニアックな作品なのでなかなか無いかもしれません。DVD価格はそこまで高騰していないようです。

レ・ミゼラブル (新潮社版)
ユゴーの原作 レ・ミゼラブルは人気作品なので色々な出版社から出ているようです。

レ・ミゼラブル (角川版)

レ・ミゼラブル (岩波版)

レ・ミゼラブル (映画)
2012年のミュージカル映画ヒュー・ジャックマンジャン・バルジャン、ジャベール警部をラッセル・クロウ、娼婦ファンティーヌをアン・ハサウェイが演じていました。ミュージカルが原案なのでしょうが、原作小説に対しても配役のイメージがぴったり (特にラッセル・クロウ)で見応えある映画です。

ノートルダムの鐘 (映画)
カジモドを主人公にしたディズニー映画。この映画自体はすごく良いのですが、原作とは全く別物ですね!

ノートルダム・ド・パリ (岩波文庫)
原作本、映画と違い、誰が主人公という訳でもなく主要登場人物達による愛憎劇が暗く滑稽に展開していきます。読む人を選びますね・・・

100分で名著 ノートルダム・ド・パリ 書籍版