映画についての雑感

最新作から、懐かしい80, 90, 00年代の映画の思い出や、その他、海外アニメや小説、ゲーム、音楽などの雑多で様々な芸術作品について

アバター 伝説の少年アン レビュー(前編) —子供と一緒に大人にも観て欲しい反戦アニメの傑作

色々あってNetflixで海外アニメ アバター 伝説の少年アン』を全話観たのですが、これがもう観終わっても何度も思い返す程面白くて、日本での知名度は低いし古い作品ですが、多分ピクサー作品『スパイダーバース』と同じように、海外アニメだとかカートゥーンだとかの枠を超えた傑作だと感じた。また、2005年という15年も前のアニメに関わらず、戦争が身近になってしまった今の混迷した世界を予見していたかのような、生々しい反戦的寓話でもある。今こそ見るべき作品だと感じたので、今回レビューしようと思う。

長大になってしまったので、前後編に分けて投稿します。前編は極力ネタバレなしで本作の魅力を紹介します。後編は後日投稿しようと思ってますが、ネタバレありで印象的なエピソードの感想を述べる予定。なるべく早く上げたいですが現在執筆中…。

(C) NICKELODEON

作品紹介

本作はアメリカのアニメ専門チャンネルニコロデオンが製作・放送したアニメシリーズ。2005年〜2008年シーズン3で完結している。日本では諸々の事情でローカライズが中断したこともあって知名度は低いものの、グローバル、特にアメリカでは大人気のアニメ。2010年に『シックスセンス』などで有名なM・ナイト・シャマラン監督によって『エアベンダー』というタイトルでハリウッド映画化*1もされているほど。放送から15年以上経った今でも人気は衰えず、2020年にアメリカのNetflixで配信開始されると週間ランキングでトップに立つなど、新規ファンも開拓されている。現在、Netflixで原作を尊重した実写ドラマ化が準備されており、更にオリジナルアニメの前日譚や続編アニメ映画が2024年~2026年の公開に向けて準備中*2だとか。

forbesjapan.com
jp.ign.com

これまでのアバターは…

水、土、火、気の4つの元素が存在する世界を舞台に、火のエレメントを持つ者達が始めた戦争に翻弄される人々と、戦争を終結させる力を持つ伝説の存在アバターとなった少年アンの戦いを描く。ストーリーを語るのにこれ以上ないくらい相応しいのは、毎回OPの前にヒロイン・カタラのモノローグで語られるこのフレーズだろう。

水、土、火、気・・・ はるか昔、四つの国は調和を保っていた。でも、火の国の攻撃で全てが変わった。止められるのは、四つの技全てをマスターしたアバターだけ。でも、一番必要な時に、彼は消えた。それから100年、兄さんと私は新たなアバターを見つけた。気のベンダー・アン。気の技は優れているけど、幼い彼には学ぶべきことが多い。それでもアンなら、きっと世界を救ってくれる・・・

リアリティのある寓話

僕はこれまでこの映画ブログでも、海外アニメ『スティーブン・ユニバース』を紹介する別のブログでも、たびたび”2010年代のカートゥーン”とか偉そうに言ってたし、実際ペンデルトン・ウォードの『アドベンチャータイム (2008)』やJ.G.クィンテルの『レギュラーShow (2009)』(共にカートゥーンネットワーク)の、わずか15分で壮大なSF的飛躍を描く類まれなストーリーテリングと、ボカすことで大人も子供も楽しめる恐ろしいコメディセンスは今まで見たことないものを見た感があった。そして『スティーブン・ユニバース (2013)』の、ジェンダーや多様性を日常の中でサラリと描くセンスの良さには本当に心酔した。こういった作品を作っているクリエイターが当時20、30代の若いクリエイターだと言うことにも驚き、すごく刺激された。

↓『グラビティフォールズ』『アドベンチャータイム』に関して触れています
numbom2020.hatenablog.com

↓"2010年代のカートゥーン"とか言っていたのはこの方の影響です、すみません
proxia.hateblo.jp


しかし、カートゥーンネットワークのライバル、ニコロデオンで放送された世界的大ヒットシリーズアバター 伝説の少年アン』を見て、世界の広さを再び認識させられた。上に挙げた2010年代のカートゥーンルネッサンスのような作品群よりさらに古い2005年にリリースされており、宮崎駿などのジャパニメーションに色濃く影響を受けた独自のスタイルの絵柄で、アジアのような世界を舞台にしたオリジナリティ溢れるファンタジーである。本作の見どころは多岐に渡る。何より白眉というべきは脚本 = 物語であり、子供向け冒険ものの体裁を取りながら、その実、非常にリアリティのある寓話が語られる。本作が語る大きなテーマは反戦である。

(C) NICKELODEON

戦争を題材にした作品は、大雑把に分けて二つの類型に当てはまると思う。戦争の悲惨さや過ちをシリアスに描くことを目的とした作品 —実在の出来事をモチーフにした伝記的な作品や歴史物に多いと思う— と、戦いの高揚感やゲーム性をエンターテイメントとして描こうとする作品 —架空戦記や、ファンタジー作品に多い印象— の二つである。前者の作品たちは非常に倫理的な内容を扱っているが、題材故に過激な描写も多く、子供が見るような作品は少ない。『アバター 伝説の少年アン』は、架空の世界を舞台にしたファンタジー作品であり、子供向けであるが、同時に前者が扱うような戦争がもたらすシリアスなテーマを描こうとする稀有な作品である。

主人公であるアバター・アンが100年間、氷漬けになって眠っている間に世界は大きく変貌していた。火の国が世界中に侵攻し、アンが生まれた100年前にはある程度の交流があった各国の人々は他国を警戒し、憎しみ合うようになっていた。アン自身も、自分の故郷である気の寺の住民が、アバターとなる気のベンダー(すなわちアンのこと)の出現を恐れた火の国の軍隊によって虐殺され、気の民はアンを残して滅びたという悲しい事実を知り、怒りから我を忘れてしまう。
そして準主人公であるサカとカタラの兄妹は南極に住む水の部族であるが、彼らの母親は水の技を持つ“ベンダー”であることを疑われ、火の国の兵士に殺されている。二人、特にカタラは火の国に対する強い憎しみの念を抱いている。

このように、本作の主人公達は戦災孤児である。そして敵役である侵略国家、火の国の王族の子供達もまた、帝国主義の中でアイデンティティを模索している。彼らの足跡を通して、戦争がもたらす人々への負の影響を丁寧に丁寧に、描写していく。この作品は子供でも楽しめるように作られているが、全く子供騙しではない。悪役を含めてステレオタイプな人物は登場せず、全ての人物が自分の為、家族・仲間・地域・国の為に良かれと思って行動している。本作は戦争の始まりを描いている訳ではなく、既に戦いがある世界を舞台にしている。それ故に戦いを始めた人々は物語の背景に過ぎない。彼らの言い分や思想を批判または称賛する視点ではなく、その最中で苦しむ市民の姿を中心に描かれる。しかしその中でも登場する人々各々の行動や思想は、何故戦いが始まったのかを時に暗示し、時にはっきりと描く。国対国の争いである戦争の、背後にあるパーソナルな要素を浮かび上がらせる(この点、以前読んだ安彦良和の太平洋戦争前夜を描いたマンガ『虹色のトロツキー*3にちょっとだけ似てると感じた)。しかし本作は、決して戦争の”加害者”や”加害性”を擁護しない。善悪を相対化して加害を半ば肯定するような愚を犯さない。また、戦争による暴力を英雄的に描くことも、ほとんどない。様々な”被害者たち”や”被害”を提示し、その内面や行動を、きれいごとに収まらない範囲まで丁寧に描くことで、わずか30分のエピソードの中で凡百の作品にはない説得力と共感を獲得している。シーズン1 の初期、例えば第10話『自由の闘士ジェット』などの時点で既に描かれている。

短編としてのエピソードが面白い

反戦メッセージは本作の最大の魅力であり、テーマではあるが、一般的にはそれを描いた作品というのは非常にシリアスになりがちではある。が、本作は元々寓話的なところがあり、いい意味で軽い部分もある。また、他にも多様なメッセージを扱っていて、特にミソジニー(女性蔑視)や、障害などのマイノリティに対するテーマは、2005年とは思えない現代性を持っている。シーズン1 第18話『水の技の師匠』の意外性のあるストーリーテリングや、シーズン2から登場する非常に個性的なトフの描き方などにそれが表れている。

それでいて子供向けらしく個性的なキャラクターの愉快なやりとりもあり、超能力的な火・土・水・気の各エレメントによるアクションシーンは迫力があって観ていて楽しくもあり、シリアス一辺倒ではない。そういう、場合によっては相反する要素を、相殺させることなく調和させて描くことに成功している。

そこまで言い切っておきながら、何で今まで観ていなかったのかと言うと、90年代の日本のアニメ風な、何だかアニメ・一休さんみたいなアバター・アンの見た目だとか、単に絵がちょっと苦手だったからである。同じような理由で本作のことを知っているのに関わらず躊躇している方がもしいたら、迷わず見て頂きたい。シーズン1 の第6話『捕らわれの身』まで取り敢えず観て欲しい。作者のメッセージが伝わるはずだ。

また、僕が『アバター』のどのような部分を面白いと思うかというと、シリーズを貫くメインプロットは勿論のことだが、それよりむしろ1話1話のエピソードがよく出来ている点だ。全てのエピソードが等しく面白い訳ではないけれど、当たりのエピソードが単純に話として面白く、どういう展開になるのかワクワクしながら見られるし、たった1話で強烈なメッセージを突きつけてくる。後日、ネタバレありで印象的なエピソードの感想を別記事で上げようと思う。もしアニメ全話なんか見てられないという方がいたら、後編で紹介するエピソードだけでも見て欲しい。

前編最後にやや脱線するが、僕は本作は特別なこだわりが無ければ英語版で観て欲しいと思う。Netflixで視聴したのだが、シーズン2から日本語字幕を選択できた。(何故かシーズン1は吹き替えのみ)何で英語版が良いかというと、後日投稿する後編の方で触れるけれど、何人かの声がキャラクターにピッタリ合っているからだ。彼らの演技が素晴らしい場面がいくつかあり、もしかしたら別の演者だと印象変わってしまうかも、と感じる程だった。日本語吹き替え版はシーズン2以降見てないので、その程度の意見ですが。。

視聴方法

Netflix

先に挙げたように、僕はNetflixで全話視聴した。アメリカのNetflixで大ヒットした『アバター』が日本のNetflixでも見られるなんて、Netflixのグローバル戦略に感謝です。
Netflixでの視聴の利点は、先述のようにシーズン2から字幕・吹き替えの選択ができるという点。実はカートゥーン作品は吹替オンリーの場合が多く、オリジナル音声+字幕で見られる環境は貴重です。ネタバレしない範囲でオリジナル版+字幕の魅力を言うなら、アバター・アンの声は、オリジナル版では93年生まれで当時10代前半のザック・タイラー (Zach Tyler) が演じていて、少年ながら大きな運命を背負わされた辛さと、子供らしい明るさが共存する複雑な役柄を自然体で演じていて、とても共感できる。そして火の国の王オザイの声を努めるのは、なんと名優マーク・ハミル (『スターウォーズ』のルーク・スカイウォーカー役、海外アニメとしては『バットマン』のジョーカー役でも有名)である。
Netflixでは他に『ボージャック・ホースマン』『リック&モーティ*4』『シーラとプリンセスの戦士』等など、多くのオリジナルの海外アニメを展開しており、現在日本で最も手軽に海外アニメにアクセスできる手段の一つである。『アバター』の実写ドラマ化計画が進行しているらしいし、『アバター』脚本家アーロン・イハスが手掛ける精神的続編(?) 『ドラゴン王子』も見ることが出来ます。


Amazonプライムニコロデオンチャンネル

別の視聴方法としては、ややハードルは上がるがAmazonプライム会員なら追加料金を払うことで『ニコロデオン』の会員登録をすることでプライム内のニコロデオン番組を見ることができる。『アバター伝説の少年アン』も入っているので見られます。他にニコロデオンの看板番組『ミュータント・タートルズ』や『スポンジボブ』なども見ることができる。


おまけ

huluでは、なぜか『アバター』自体は配信されていないが、その続編『レジェンド・オブ・コーラ (2012~2014)』が配信されている。『コーラ』やるならせめて『アバター』ぐらいは配信して欲しいが、恐らく現在日本で『コーラ』を見られるのはhuluだけなので、文句は言えない。字幕のみだが、『アバター』の後日譚に興味のある人はどうぞ。
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後編は後日Upします。

*1:エアベンダー』もNetflixやU-Nextなどで見られる、が、個人的にはオススメしません。原作の面白さをスポイルした駄作でした

*2:

*3:安彦良和氏と言えば『ガンダム』のキャラクターデザインで有名だが、漫画家としては歴史ものを多く手がけており、アニメーターになる前は左翼思想家・活動家として活動していた異色の文化人である。彼の手がける歴史もの、特に近代史を扱った作品は、俯瞰的な倫理観で反戦を描く作品が多い。個人的には勝手にキリスト教三部作と呼んでいるヨーロッパ史を題材にした『ジャンヌ』『イエス』『我が名はネロ』がお気に入り。特に『ジャンヌ』の神秘主義的ですらある雰囲気は善とは何かと考えさせられる。 虹色のトロツキー - Wikipedia

*4: