映画についての雑感

最新作から、懐かしい80, 90, 00年代の映画の思い出や、その他、海外アニメや小説、ゲーム、音楽などの雑多で様々な芸術作品について

『紀子の食卓』は今見ても面白かった

園子温はやはり詩的感性がある。そして世の中の朧げな歪みというようなものを感じ取るのが上手い。少なくとも、昔は上手かったと感じた(園子温の近作は見ていない)。前回記事で『愛のむきだし』(2009) を再見したことがキッカケで、当時『愛のむきだし』以上に面白かった記憶のあった2005年公開の『紀子の食卓』がAmazon Prime でPrime 会員に無料公開されているのを見つけたので、改めて見てみた。登場人物の口調や映像のクオリティなど色々気になる点はやはりあるものの、独り語りによる引き込まれるような面白さは今もまだ健在だった。むしろ、20世紀末から21世紀初頭のインターネット通信時代の雰囲気を映す様子は逆に新鮮。そしてそこで語られる半匿名掲示板 (みんなハンドルネームがある笑) での繋がりは、「紀子の食卓」以後の世界で身近になったTwitterのようなSNSの緩い繋がりを連想させる、現代に続く物語でもあった。今回も見たことある人前提に若干ネタバレありで書いていくので、観てみてから読むことをお勧めします。

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紀子の食卓 海外版ポスター


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輪郭線の太い円

円周率πは3.14159265359・・・と50桁くらいまでは計算できているらしいですけど、割り切ることはできず、どこかで丸めなければならない。πが正確でないということは2πrで計算される周長も厳密な意味では正確に計算することはできないので、本当の完璧な円を描くことは、実はできない。園子温が劇中で上野駅54さん / クミコを通して語る「コンパスと鉛筆を使って輪郭線の太い円を描けば良い」と嘯くシーンの言い得て妙な表現は、改めて彼の詩的感性の鋭さを思い出させました。社会を一つの円、輪、サークルとして循環するものと捉える彼女とその仲間達は、その社会の、一見単純に見えて複雑である様を割り切れない円周率に例える。そしてその複雑な社会を単純にしか見ようとしない人間を、「輪郭線の太い円を描く」と表現する。つぐみ演じる上野駅54さんが飲み屋街を歩きながら呟く、数分間に及ぶ独白のシーン。ここの迫力は、この映画の中でも最大の見せ場ですね。

現実の社会に身を向けると、社会の有り様をもし言い表そうと思ったら、こぼれ落とすことなく表現するには非常に長い文章・表現が必要です。しかし彼の詩は、なんとなく感じる雰囲気のような概念を、端的に短い表現で瑞々しく言い表していますね。

僕は本作に登場する上野駅54さん / クミコ のキャラクターと描き方がすごく気に入りました。彼女が所属するカルト集団、「レンタル家族」という安直なネーミング含めてわかり易く明示的な悪として描かれる存在ですが、一意的にそのモチーフを既成の倫理観で片付けることができないのです。終盤、クミコがすき焼きの肉を買いに行く一連の場面の、ステレオタイプな良妻賢母としての姿が特に良いですね。彼女が顧客のために演じている”温かい家族”がまやかしの姿だと観客側は知らされているのに、同時にひどく魅力的に演出されている。観客である僕たちにすら、その善悪の境界を問い掛けている。

彼女がもたらすインモラルだが効率的で一見愛に溢れた、魅力的ですらある恐ろしい価値観は、日本的な極めて身近な主題を通してモラルを揺さぶる。上野駅のコインロッカー54番に捨てられていた赤ん坊という出自は、実在の事件を着想にしたのだろうと思いますが、その都市伝説のようなあやふやな怪しさもいい。

本作を見ている途中に感じる感覚は、なぜか以前読んだ河合香織のルポ『セックスボランティア』を連想させる。良いとか悪いとかを越えたところにある、ひどく居心地の悪い思いにどこか通ずるものがある。劇中に登場する孤独なおじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、そして家庭に居場所のない子供達の存在は、やたら非現実的な大袈裟さで茶化しているけれど、もちろん絵空事ではなく、生々しい現実は、割とすぐそこにある。

個人的には上野駅54さん / クミコ演じるつぐみは塩田明彦監督の傑作恋愛映画『月光の囁き』(1999)の”彼女”役の印象が強く、すごい雰囲気ある女優だけど演技はあんまりな印象だった。この映画では園子温の演出もあり、日本的な美人でありながら不気味な雰囲気を醸し出すことに成功している。園子温の次作、愛のむきだしの怪演で強烈な印象を残した安藤サクラと同じく、もっと評価されてもいいのにな、と感じた。


↓前回記事 愛のむきだしについてはこちらで触れてます
numbom2020.hatenablog.com