映画についての雑感

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シン・エヴァンゲリオン劇場版 : 庵野監督が本当に描きたかったこととは?

度重なる延期の末に遂に公開されたシン・エヴァンゲリオン劇場版を先週の土曜日に見てきました。見終わって暫く経ちましたが、まだ僕の中ではこの映画は一体なんだったのか、庵野秀明監督が何を伝えたいのか良く分かりません。分からないなりに、思うところをこのブログの趣旨に則り映画として見た上での感想という感じで書いてみました。話題だから見に行ったくらいの熱量の人〜久々にエヴァ見たよ、って人を対象に書いてます。僕自身もQを映画館で見て以来エヴァに触れてない程度のライトなファンです。以下、作品紹介の後は旧作含めて遠慮なくネタバレしていくので、観る予定がある方はご注意くださいね!

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©カラー/Project Eva. ©カラー/EVA製作委員会 ©カラー

<目次>

作品紹介 (公式サイト他)


以下、各サイトより引用です

ストーリー

庵野秀明監督による大ヒットアニメ「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズの最新作にして完結編。1995~96年に放送されて社会現象を巻き起こしたテレビシリーズ「新世紀エヴァンゲリオン」を再構築し、4部作で描いた「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズ。2007年に公開された第1部「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」、09年の第2部「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」、12年の第3部「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」に続く今作は、「新劇場版」シリーズの集大成となる。テーマソングは、これまでの「新劇場版」シリーズも担当した宇多田ヒカル。ミサトの率いる反ネルフ組織ヴィレは、コア化で赤く染まったパリ旧市街にいた。旗艦AAAヴンダーから選抜隊が降下し、残された封印柱に取りつく。復元オペの作業可能時間はわずか720秒。決死の作戦遂行中、ネルフのEVAが大群で接近し、マリの改8号機が迎撃を開始した。一方、シンジ、アスカ、アヤナミレイ(仮称)の3人は日本の大地をさまよい歩いていた……。

映画.comより
シン・エヴァンゲリオン劇場版 : 作品情報 - 映画.com


予告編


スタッフ

企画・原作・脚本/庵野秀明
総監督/庵野秀明
監督/鶴巻和哉中山勝一前田真宏
音楽/鷺巣詩郎

制作/スタジオカラー
配給/東宝東映、カラー
宣伝/カラー、東映
製作/カラー

シン・エヴァンゲリオン劇場版公式サイトより
www.evangelion.co.jp


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はじめに 旧劇場版 “Air / まごころを、君に” そして僕のエヴァ

一応前提として僕自身のエヴァ遍歴を先に説明しておきます。僕はリアルタイムにエヴァにハマった方々とは違い、エヴァを最初にきちんと観たのは2005年頃、ちょうどその後の新劇場版やパチンコ・エヴァンゲリオンによる第二次エヴァブームとでも言うような時期を直前に控えた頃でした。つまりエヴァに対する評価もあらかた定まっていた頃で、僕自身も見る前は難解だとか腑に落ちないエンディングだとか残酷だとかオタクを攻撃してるだとかそんな露悪的なアニメというイメージがあったような気がします。しかしTV版最終回と旧劇場版 Air / まごころを、君にで面白さに気づき、観賞後にジワジワと魅了されていき、旧劇場版のポエティックでハイなサントラを繰り返し聞く程のファンになりました。


旧劇場版は複雑で迂遠な言い回しで展開されていながらも、本質的には「他者と自分」、更に言うならアスカを拒絶して逃げ回るシンジの姿に代表されるような「あなたと私」を描いた名作でした。


後から見たということもあってキャラクターに特別な思い入れがないからか、この旧劇場版を、腑に落ちないだとか、後味悪いエンディングで納得いかない、みたいな風潮には特に賛同できなかったですね。後編である"まごころを、君に"の中盤以降、シンジは彼の意思でサードインパクトの中心となり、一度は 「孤独=ある意味でみんなと一緒にいる」 状態を選ぶも、抽象的な葛藤の末に最後は他者と生きていくことが自分の望みだ、と決意してアスカと(最悪な関係ながら)関わっていく。その姿はある意味ではハッピーエンドだし、そもそも後半の展開はすべて暗喩的だし、TV版の最終回と同じ、彼の中での1つの区切りであり、ティーンエイジャーの繊細な傷付きやすい心の一面を綺麗に描いたな、と感じたので、エヴァという暗い少年の心の物語の終わりとしては、あの時点では素晴らしい締め方だったのではと思います。


そういう気持ちもあって、その後のリブート版(あるいは続篇?)である新劇場版 ”:序””:破””:Q”は、蛇足なんじゃないかな、とちょっと思ってましたし、”:序””:破”ではそれぞれ新しい試みはあったとはいえ、旧劇場版ほどは感動しなかった、というのが本音です。”:破”、そして本作”シン・”で印象的に使われるフォークソングだとかは、個人的には旧作で効果的かつ新鮮に使われたクラシックに対応するような、新しい魅力になったとは思いましたが! そして”:Q”に至っては、あまり熱心なファンではなかったこともあり3部作*1だと思ってたので、完結せずにまた新しい物語が始まってしまったことに、正直がっかりしました。


シン・エヴァンゲリオンは何をもって完結したのか

さて、そしてこの完結編であるシン・エヴァンゲリオンですが、とても奇怪な映画でした。


よく分からないというか、何となく感じるテーマは「再生」や「融和」、あるいは「理解と共感」、「希望」のようなものなんだろうなぁとは思いますし、旧劇場版の物語をなぞりながらポジティブなメッセージへ転化させて描こうとしているということは感じます。確かに「感じ」ますが、それが描かれているか、と問われると、そうでもないんではないか、と思います。


というのも、丁寧に時間をかけて描かれるサードインパクト後に生き残った人たちが協力しながら形作っている小さなコミュニティ「第三村」の描写だとか、旧作から転化して他者を拒絶することなく受容するシンジくんの描写だとか、物語の展開的にはそんなテーマがあるような感じがするのですが、実のところそれに並ぶか、むしろそれ以上に大事なテーマが並行して描かれているのです。と書くと大袈裟な前置きですが、本作のキャッチコピー「さらば、全てのエヴァンゲリオン」こそが本当のテーマですよね


ここで言う「全てのエヴァンゲリオン」と言うのは、ファンの方には当たり前かもしれませんが、劇中のエヴァンゲリオン初号期とか弐号機とかのロボット(?)としてのエヴァのことじゃなくて(もちろん筋書き的にそういう意味も包括してますが)、番組、コンテンツとしてのエヴァンゲリオンのことです。すなわち、映画の外の世界、メタフィクション的な意味での「エヴァンゲリオン」にサヨナラを言う話ということです。


これが先程述べた「再生」「融和」「理解と共感」あるいは「希望」をサブ・テーマに押し退けて、旧作での登場人物たちの確執や憂鬱な結末、悲劇を回復することに向けて物語は果敢に進んでいきます。物語として考えたときに、このサブテーマと「さよならエヴァンゲリオン」のメインテーマは両立し得ると思いますが、庵野監督はサブテーマに人間的リアリティを付与することよりもゲンドウやミサト、ユイやアスカ、レイ、カヲルくん、あるいは序盤に出てきた第三村に住むかつての同級生やカジさんの息子、そして本作の主人公であるシンジくんに物語的=フィクション的な救済を与えることを選び、その点には見事に成功してみせます。


しかし、そのテーマの為に、彼らは番組のキャラクターとして恐らく何度も同じ物語を演じている(と思われる)メタフィクション的な設定が暗示され、今回もまた旧劇場版Air / まごころを、君にをなぞるというメタ的な物語の制約の中で、それぞれポジティブな意味合いを与えられながらも同じような運命に従い同じような最期を遂げます。この「役割を演じる」という価値観が、(最後はそこから脱却するとはいえ)物語に窮屈な印象を与えています。庵野監督の無意識なのかもしれませんが、この思想は作品の根底を貫いてしまっていて、希望の象徴のように描かれるはずの序盤の第三村という小さなコミュニティでさえも、シンジのかつてのクラスメイトが家庭を守る良妻賢母や、仕事に精を出す良き男らしい男として生き、名もなき親切な良きオバチャンたちが登場し、和気藹々と、生き生きと暮らしている姿が何度も何度も出てきます。彼ら彼女らがあからさまにに与えられた役割を全うしており、社会の役割(ロール)を演じて生きることが幸せなんだというような、何だか窮屈で(批判を覚悟して言うなら)時代錯誤な、嫌な「希望」だな、と感じてしまいました。


更に、ゲンドウやミサトといった、善人とは言えない大人、大人の責務に耐えきれなかった大人達にハッピーエンドをもたらすために、本来は彼らの子であるシンジと彼らとの対話を描くべき場面で、結局は彼らの同情を誘うようなモノローグ — 俺らも辛かったんだ — 的なものが一方的に描かれ、シンジが無条件に彼らに「共感」するという、リアリティのない感情描写で終わってしまっているのも残念でした。旧作で他者を拒絶しながら承認欲求を叫ぶアスカやシンジのような複雑な感情描写は、そこにはありませんでした。


とは言え、この話・・・エヴァにさよならを言う為のイベントとしての「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は、これで良いんじゃないかとも思います。エヴァンゲリオンというコンテンツそのものに大団円を用意するという目的はきれいに達成されているからです。僕はエヴァンゲリオンの熱心なファンではなかったのですが、それでも厳つくて近寄り難い大人としてしか描かれなかったゲンドウが自分の弱さを独白して、親と子の和解が描かれるシーンや、黒い服を着たレイのそっくりさんが人間的生活の中で生きる喜びを感じるシーンには感動しましたし、旧劇場版のラストと同じように浜辺でアスカとシンジが邂逅する場面でのアスカの悟ったような雰囲気も、作品が重ねてきた年月の重みを感じて感慨深かかったですね。そしてエヴァを「卒業」したシンジくんが大人になり、オリジナルのエヴァンゲリオンと全く関係ない新キャラであるマリと駅で待ち合わせしているラストシーン。本シリーズで鬱屈した内面世界の象徴として描かれていた電車に乗るのではなく、駅の外へ向かって階段を駆け上がっていき、引きで実写の駅*2を写していく場面は、旧劇場版で攻撃的に「現実へ帰れ!!」と叫んでいた庵野監督が、もっと穏当な形で伝えてるようで、監督も大人になったんだなぁと嬉しく感じました。


最後に、色々な方のレビューを読ませて頂いて、映画そのものよりも、このシン・エヴァンゲリオン通じて、ずっとエヴァをフォローしてきた本物のファンの方々が感動し、エヴァンゲリオンにさよならと感じていることが、とても羨ましく感じました! そんな感情のビッグウェーブに乗れなかった自分がなんだか悲しくもあります。エヴァを本当に愛している、長年のファンの想いに全力で応えてあげたかったというのが庵野監督の本当の思いなのかもしれないな、と思いましたね。








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その他、庵野監督 お勧め
アニメなら "エヴァンゲリオン (旧) 劇場版 Air / まごころを、君に (1997)”
ギリですが これだけ見ても分かると思います

実写なら”式日 (2000)”
メランコリックでカラフル、自主映画みたいな独特の雰囲気
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*1:エヴァファンの方にご説明することではないと思いますが、序・破・急という起・承・転・結のような作劇用語を使っていたので、てっきり3部作構想だと思ってました

*2:後から知ったんですが、監督の故郷の最寄駅だそうですね