映画についての雑感

最新作から、懐かしい80, 90, 00年代の映画の思い出や、その他、海外アニメや小説、ゲーム、音楽などの雑多で様々な芸術作品について

テネット(2020)、そしてノーランへの想い

僕はクリストファー・ノーランを尊敬しています。だからこそ、今年公開された”テネット”には違和感や不満を通り越して、軽く怒りすら覚えている。

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©2020 Warner Bros. All Rights Reserved

本作の監督クリストファー・ノーランは、28歳の時に仲間と自主制作映画として”フォロウィング (1998)”を週末を利用して製作し、興行的な成功を収め”メメント(2000)”でメジャーデビューし批評的、興行的な大成功を収めました。己の作品一つ —それも大衆迎合的な内容ではなく、彼個人に由来する極めて先鋭的な思想性や芸術性の高い作品 — それを頼りに世の中へ出て行き、価値を示したのです。彼の生き方と社会的な成功に、僕は芸術はまだ過去のものではない、価値ある作品は今でも人々の心を動かすことができるんだと、明るい希望を感じたものでした。


芸術は多くの人に評価される必要はない(他者の承認を必要としない)ものですが、同時に他者の心を動かすものでもあって欲しい、少しでもその作品が描く”真実”が、受け手の考えや生き方に足跡を残すものであって欲しい、と僕は思っているので、クリストファー・ノーランという作家が思い、感じて表現した芸術作品が、一部の人だけではなく多くの人の目に留まり、影響を与え得たと言うことは、それ自体が僕にとっては感動的なことだったのです。


ここまで書いてきて、クリストファー・ノーランの作家性とは一体なんぞや? と感じた方もいるのではないでしょうか。エンタメ作家でしょ? って感じた方も。
それこそが、僕が”テネット”に感じた違和感であり、怒りの原因なのです。クリストファー・ノーラン、あなたの売りは作家性、思想性、芸術性ではなかったのですか?

また、途中で社会学者・宮台真司氏の”テネット”評論を引用し、肯定的意見としてご紹介致します。

※以降の感想にはネタバレがやや含まれます。


<目次>

作品紹介

以下、公式サイトより引用します。

ダークナイト」3部作や「インセプション」「インターステラー」など数々の話題作を送り出してきた鬼才クリストファー・ノーラン監督によるオリジナル脚本のアクションサスペンス超大作。「現在から未来に進む“時間のルール”から脱出する」というミッションを課せられた主人公が、第3次世界大戦に伴う人類滅亡の危機に立ち向かう姿を描く。主演は名優デンゼル・ワシントンの息子で、スパイク・リー監督がアカデミー脚色賞を受賞した「ブラック・クランズマン」で映画初主演を務めたジョン・デビッド・ワシントン。共演はロバート・パティンソンエリザベス・デビッキアーロン・テイラー=ジョンソンのほか、「ダンケルク」に続いてノーラン作品に参加となったケネス・ブラナー、そしてノーラン作品に欠かせないマイケル・ケインら。撮影のホイテ・バン・ホイテマ、美術のネイサン・クローリーなど、スタッフも過去にノーラン作品に参加してきた実力派が集い、音楽は「ブラックパンサー」でアカデミー賞を受賞したルドウィグ・ゴランソンがノーラン作品に初参加。


2020年/150分/アメリ
原題:Tenet

”テネット公式サイト”より

wwws.warnerbros.co.jp


感想(ネタバレ)

テネットは、クリストファー・ノーランらしい映画表現による技巧が凝らされた意欲的な作品です。量子力学の知識をベースに、エントロピーが減少することが可能なら? と言う発想を元に、時間を逆行するテクノロジーを手に入れた一部の人類が「時間を逆行させようとする勢力」と我々と同じように今まで通り「時間を順行する勢力」に分かれて、第三次世界大戦を防ぐ為に戦う様を時間を前に進んだり(順行)、後戻りしたり(逆行)を繰り返しながら描くという非常に複雑なストーリーラインの物語。でもこの映画は、ただそれだけなんです。


複雑なストーリーを追って何を言わんとしているかを考察する、あるいは散りばめられた謎について考える、そういう90年代のアニメ”エヴァンゲリオン”のようなマニアックな謎解きを楽しむには大変面白い映画と言えるでしょう。ただ、”メメント(2000)”のように、サスペンス映画のストーリーラインを追っていった結果、実存主義的で皮肉に満ちた人間観に辿り着くような思想的なカタルシスは存在しません。あるいは”ダークナイト(2008)”や”インターステラー(2014)”のように、現実の暗喩のようなペシミスティックなディストピアを描きながら、その中で人間讃歌を謳う登場人物がいる訳でもありません。


この映画にはルービックキューブのような複雑な仕掛けと、キューブの中に嵌め込むために創造されたリアリティのない舞台や登場人物 (特に悪役のセーターは最悪! ヒロインのキャットも思考が謎すぎる)、取ってつけたようなオチ。複雑に絡み合ったキューブを解き明かした後には、作者からの「よくできました」と言う賛辞が待っているだけの、空っぽな映画です。


そもそも世界観や設定の見せ方が上手くないだとかの問題は (元々クリストファー・ノーランはそういう基本的な映画的表現は実は上手くはない) 置いておきましょう。確かにこんな複雑で大規模な映画は、予算的にもクリストファー・ノーラン以外には作れないと思うけど、ノーランのこれまでの実績と名声を鑑みれば、このような中身のない技巧を凝らしただけのターミネーターみたいな映画には厳しい評価を下さざるを得ない。


今回の"テネット"について、思想的なメッセージは僕には受け取れなかったので、他の方達が指摘していないかと思い調べてみたところ、社会学者の宮台真司氏が分析されている記事がありましたので、興味深く拝見しました。本作を通してノーランが訴えた意味について述べておられ、僕には想像もつかなかった結論を導き出されております。こういう考え方もあるのかと感嘆致しました。ただ、「時間を逆行しても過去を変えられないという奇妙な設定」というご指摘までは理解できます。ただその後の宮台氏の結論と映画のエンディングとの間の空白が、やはり僕レベルには大きく感じられ、少し強引な説ではないか、と感じました(ノーラン自身が意図していたかも知れませんが、到底観客に伝わる物ではないと思いました)。まぁ、もうちょっと勉強しなさいと言うことですかね…。

realsound.jp
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10年以上前、僕がダークナイトを劇場で見たのは全くの偶然で、地元の映画館で友人と暇潰しに何か映画を見ようと言うことになり、全くアメコミ映画に興味がなかったし、ノーランにも興味がなかったにも関わらず、他に特に候補がなかったと言うのが、その理由でした。ダークナイトはご存知のようにノーランの出世作であり、ハリウッドのブロックバスター映画でありながら、非常に暗く、重厚で、ある意味で神秘的ですらある名作です。この作品と、同時期にこちらも偶然にも見ていた”メメント”が同じノーラン監督であったことを知り、一気にノーランのファンになりました。その後は全てのノーラン映画は劇場でフォローしてきました。


実はインターステラーを劇場で見たとき、ノーランの映画としては初めて、演出、映像、テーマ全てが高い次元で融合した傑作と感じると共に、彼の集大成と言えるこの作品を終えた後、彼にこれ以上描くべきテーマがあるのか? と疑問に思ったことを強く覚えています。常に厭世的な作風で性悪説的な人間観をベースとしてきた彼が、あのような人間愛を描いたことに驚くと共に、ノーランの内面的「成長」?を感じてしまったからです。何というか、作品から満ち足りた思いを感じてしまったのです。僕は個人的にはノーランは満ち足りない思いこそが創作のモチベーションであるタイプ (“デビルマン”を描いた時の永井豪先生のような) と思っていたので、インターステラーに感動すると同時に不安も抱いたのです。


その後の”ダンケルク(2017)”は、今にして思うとテネットと同じような技巧的な映画でしたが、歴史上の出来事をテーマにしていることもあり、イギリス人であるノーランにとってはパーソナルな意味で重要なテーマなのかな、ノーランが遂にアカデミー賞狙いの下心で史実物を描いてきたのかな、などなど考えただけで、ノーランの創作者としての限界などには目を向けることはありませんでした (彼の大ファン故に目を逸らしていたのかもしれませんが)


ここまで書いてきて、やっぱり自分はノーランのことが好きだし、テネットにムカついたのも元々はそれが原因だし、そう思うと怒りというより、この思いは悲しみなんじゃないかと思えてきました。これ以上ノーランを批判しても良いことなんて何もないので、この辺りで筆を置かせて頂きます。僕はテネットに、そしてクリストファー・ノーランに心底ガッカリしました。それでもやっぱり、ノーランの次回作には期待しています。僕のノーランに対する尊敬心は変わらないからです。ノーランの今後の挑戦を応援します。

その他、書籍などの関連情報

クリストファー・ノーラン監督作は インターステラーダークナイトシリーズなど、各種配信サービスで配信中です。

インターステラー
Amazon プライム
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00UMB8BF8/ref=atv_dp_share_cu_r
Netflix
https://www.netflix.com/jp/title/70305903
Hulu
https://www.hulu.jp/interstellar


ダークナイト
Amazon プライム
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B00FIWN7IM/ref=atv_dp_share_r_em_96027a399f1b4
Netflix
https://www.netflix.com/jp/title/70079583
Hulu
https://www.hulu.jp/the-dark-knight


こんな風に語ってしまいましたが、ノーランの映画制作とプライベートに迫る特集本が邦訳されます。下記記事の引用写真を見ると、”インセプション”や”インターステラー”風な構想イラストが掲載されていたりするので、なんだかんだ言っても僕は買います
theriver.jp

クリストファー・ノーラン研究本『クリストファー・ノーランの嘘』
クリストファー・ノーランを哲学的に読み解きたい方にはとてもオススメの一冊
著者トッド・マガウアンはバーモント大学准教授の方で、訳者・井原慶一郎氏の解説によると、クリストファー・ノーランについての最初の研究書だそうです。作品毎(フォロウィングからインターステラーまで)に、演出を通して表現されるテーマについて映画論的に解析されていて、非常に面白い。翻訳も読みやすく、おそらく複雑怪奇な原文を一般人にも読めるようによく翻訳できたな、と感嘆いたします。

クリストファー・ノーランの思想的な面に注目したユリイカの特集号
ダークナイト・ライジズ上映時に発行されたものです。とんでもない価格になっていますが、こちらも豪華執筆陣による様々な方面から分析がなされており、非常に面白かったです。

↓その他、オススメ作品

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